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時間とお金の価値

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Published
2022/8/5

背景

なぜ、カナダに来たのかを遡ると根本的に給与レンジの上昇を見越してのことでした。
給与は属する業界と会社の業績によって大きく比例するが、さらに言えば会社の所属地にも比例します。例えば、シリコンバレーやNYの方が田舎の地方都市よりもレンジが高いことが言える。もっというと日本とアメリカ・カナダでは下限が異なります。この話をするとそもそも物価が違うからだよねという話になるが、生活費が2倍になっても、収入が2倍になるなら単純計算で差し引き得をしていることになる。尚、税金は考慮していないので正確ではない可能性があるあります。
そのような考えを持ちバンクーバーに移住したのですが、現状、有給の仕事をしておらず、かろうじて月数万円をフリーランスで稼いでいる状態です。これまでの選択の結果、現在の状況にあるのは明白ですが、自分の理想との乖離から、かなり精神的に参っており、どうにかせねばと思い至ったのでした。
そこで何が自分を苦しめ、どうすれば解決するのかを紐解いていき、今後の人生の羅針盤となる価値観を明確にしておきたいというのが本エントリーの趣旨です。

お金

人は皆、お給料を上げたいと考えているのですが、私の場合その先に目指していたのはFIREでした。リセッションの最中、もはや神話のように聞こえるもするのですが、FIREとは早期リタイアをして自らの資産の運用利益で暮らしていくことを言います。
例えば1億円の資産を年利5%で運用できれば、500万円の収入を得られます。例に漏れず、税金計算や為替などは一切省いています。この500万円が毎年手元に入るとすれば、経済的自由を手にすることができ、自由な時間で好きなことができるというものです。
サラリーマンの生涯年収が1億円とは言われていましたが、それは日本の中の小さな世界の話でしかなく、海外に目を向けると年収で2,300万円なんてことは珍しくなく、挑戦する価値のあるものでした。
バンクーバーに移住して1年と少しが経過し、自分のエンジニアとしての市場価値がわかってきた今日この頃、少々無謀だったのかもしれないと反省しています。単純な英語力不足は言わずもがな、技術的な知識や応用能力の欠如を面接を通して幾度となく痛感し、うまくいったと思った面接は通らず、辛酸を嘗める思いをたくさんしてきました。
転職活動のつらみは人それぞれで、キャリアが違えば当時のマーケットトレンドも違うので一般的な話はできても真に何が原因なのかを特定できないのが悩ましいですね。相談には乗れるけれど、実際に面接を通してオファーをもらったことがないので立派なアドバイス流をすることはできません。
海外で生活することでしか得られない経験は人生をより豊かにしているかもしれません。確かに、英語でのコミュニケーションは以前よりスムーズになったし、バンクーバーの自然を満喫しているのも事実です。しかし、今現在生きている自分が満足できる結果を得られていないことに強い焦りと少しばかりの後悔が頭をよぎりました。遊びに来たわけじゃないから、人生を変えに来たんだから。スノボしたってハイキングに行ったって、エキサイティングではあるけれど、あー楽しかった、あの頃はいろんな場所に行ったなって振り返るだけで、何も得られるものがないじゃないですか?余暇の時間が精神的な一助になっているのは事実ですが。閑話休題。
つまるところ、そこそこエンジニア経験あるし軽く年収1000万円から出発して上を目指して行こうというプランだったのが、蓋を開けてみれば収入0でよくわからんスタートアップの手伝いしてて、あっという間に時間だけが過ぎていっていることに気がついたのがつい最近の話。わかってはいたけど、望んではいなかったし、どんな精神状態になるのかなどやってみないとわからないことがあるよねという話。

時間

この20代という特に貴重な時間を他人のアイデアであるスタートアップとも呼べない拙いアプリのために費やすことにほとほと嫌気が差しているのです。そもそもの問題は「人間関係」や「経済的な不安」でもありますが。
時間というとなんとも曖昧で捉えどころのない概念ではありますが、「若さ」や「年齢」として捉えると一気に焦燥感を煽り、何かを成し遂げねばという気持ちになります。この5年間で一人でiOSアプリを作れるようになったことはとても誇らしいことである一方、このスキルの活かし方がどこかの会社に入ったり、仕事を受託してお給料をもらい生きながらえることでしか成立しないのだと気がついた時、ある種の絶望感が湧き上がってきました。他人に依存し過ぎていて自分の理想とする状態とは程遠いなと感じたことを覚えています。自分のスキルセットが社会に求められるものであれば、特別悪く考える必要もないのですが。
一時期は個人開発でアプリを作っていたこともあるのですが、稼げるものとは程遠く、挫折した経験があります。今思えば、個人アプリの方向性は間違っておらず、元手なしでお金を稼げるチャネルの構築ができる自分にとって唯一の方法だったなと思います。これが将来の不労所得の一つの方法であればなぜ今さら気がついたのかと疑問ではありますが、海外移住を意思決定した頃とは優先順位が違ったのだと思います。
今何が欲しいかと言えば「不労所得」です。結局FIREの根源は不労所得ですし、将来働かなくて済むように今頑張ろうという人たちが始めたのものです。その考え方に強く共感してこれまで頑張ってきましたが、今、始まってすらない終わりのない旅路に疲れてしまっており休憩が必要だなと感じ、今週はネガティブ思考が強くなっていました。
不労所得とは文字通り、働かずしてお金を得られることであり、究極的にはベーシックインカムの一種です。ベーシックインカムさえあれば人々はクリエィティブな挑戦や、今この時代に必要とされていないが革新的な挑戦をすることができますし、もっと趣味のために生きたっていいのではと思います。私はもともとノマドワーカーがしたかったのですが、各地を転々としながら仕事をするスタイルに馴染むことができず、いっそ旅行と仕事は分けるべきだという結論に至りました。その頃の仕事のスタイルや社会環境も大きな要因ではあるのでもう一度挑戦してみても良いかもしれませんが。不労所得さえあれば好きなように旅行をして好きなように絵を描いたり楽器の弾いたりといったことが私のある種の夢なのです。
時間はお金で買えるという考え方が好きで、例えば車で5時間かかるところを飛行機に乗れば1時間で着くみたいなことはザラにあります。今の若さは2度と手に入らないのだから、「今」という時間を買うためになにをすべきかという問いに対する答えを持ち合わせれば、今後の人生において拠り所となるでしょう。

人生

会社員にすらなれなかった私が語るのも烏滸がましいですが、会社員になることが「今」を使役しているかというと、結局はそこで何を成し得て何を学べるかが結局のところその人の人生を左右するのでしょう。だから起業しようが無職になろうが、その期間で自分が何をしているか、その結果や過程から何を語れるのかで、そのプロセスにおける価値と経験値からくる人生に対するインパクトが変わってくるのです。
私の場合、そのプロセスにお金を求めており(ないとカナダで生活できないので)、その辺りに理想とのギャップが発生して今回のような精神的苦痛を経験しているのではと推察しています。
「お金の余裕は心の余裕」とはよくいったもので、貯金が減っていくことの恐怖感と日々の充実感との間は相関関係があり、実際の貯金額ではなくその充実感に対する満足度のようなある値が閾値を超えた瞬間に、ダムの決壊のように、全てが感情的に受け付けなくなるのです。いまはまだ制御できている段階ではありますが、それがいつ起きるのかという焦りと恐れの感情を抱いたまま日々を過ごすことはとてもではないが長く続けることはできなさそうです。
人は、人生の歯車が回り始めた時、その音に気がつくことができると思うのです。劇的に、一夜で全てが180度変わってしまうようなイベントは宝くじを買う以外には起きないにせよ、自身を取り巻く環境が少しずつ変わっていくのはわかるでしょう。まだなんの変化も得られず、なんの兆候も見られません。

学び

どんな意思決定をするにせよ、その決定をするに値する定量的なデータと、結果に対するフェードバックをどうやって・いつ得られるのか、さらには失敗と成功の定義をしっかりと段階づけてしておくことが非常に大事だというのが最近の学びです。
割りかし行き当たりばったりの人生であまり深く考えずに行動するタイプで、行動力があると言われれば嬉しいですが、向こう見ずとも捉えられ、要は見積もりが甘いと言えるでしょう。
また、「自信」や「信頼」なんていう口から出まかせ言えるようなものは頭から信用せず、能力を実際の結果によって証明することで信頼度を高めることの方がよっぽど健全だなと感じています。この考え方はEthereumが提唱する「Don’t trust, verify」からインスパイアされています。
定性的で感情的に物事を捉えがちが思考を見つめ直し、ことあるごとに何を根拠に判断し、どんな結果であれば成功と言えるのかの判断基準を常に保つことが今は大事だと学びました。

今後

直近の目標は、現在取り組んでいるプロジェクトをある程度形にすることです。サイドプロジェクトとしてやっていることも今後は発信したいなと思っていますが、一方で、上記で取り上げた「不労所得」について今一度、取り組んでいきたいと強く思い直しました。これは、日本にいようがカナダにいようが関係なくできることを始めておかないと、複利効果を効かせるためにも早く始めて損はないためです。
何度も間違った選択をして生きてきました。自分の選択した人生には責任を持たなくてはいけません。けじめをつけて前進しないと、同じ過ちを繰り返すことになります。後悔のない人生を送るために、そして、自分の人生を全うするには、自分の選択が正しかったのだと証明するしかないのでしょう。誰かが優しく手を差し伸べてくれるなんていう生半可にて舐めた態度を取ることを許されないこんな世の中ですから。